大璃寛 二代目 嵐 吉三郎
初代璃寛は初代嵐吉三郎の三男に生まれ、天明7年(1787)に二代目嵐吉三郎を襲名しました。浮世絵に描かれている頃、美男の立役と評判の高かった吉三郎は兼ねる役者であった三代目中村歌右衛門と人気を競い合っていました。文政4年(1821)3月、吉三郎の名を甥に譲り橘三郎を、5月には璃寛を名乗ります。三代目中村歌右衛門と共演する直前の文政4年(1821)8月病に倒れ、9月27日に没しました。
春好斎 画 『小野道風青柳硯』 文化10年(1813)4月 角
浅尾 工左衛門1 … 独鈷の駄六 嵐 吉三郎2 … 小野道風
芦国 画『絵本殿下茶屋聚』
文化15年(1818)1月 見立
嵐 吉三郎2 … 人形や幸右衛門
有楽斎 長秀 画 『頼政鵺物語』文政4年(1821)8月 北新地
嵐 小六4 … あやめのまへ 中山 一蝶4 … 猪の早太
嵐 橘三郎1 … 源三位頼政