二代目 嵐 璃寛の襲名


 文政11年(1828)二代目嵐橘三郎は二代目嵐璃寛を名乗ります。この頃から女方を演じたり、橘三郎の襲名以来なかった三代目中村歌右衛門との共演など、人気実力ともに上方歌舞伎界の頂点へ登りつめて行きました。しかし、天保8年(1837)6月13日50歳で亡くなります。大璃寛と同じく二代目璃寛の死絵も多く描かれました。

春頂斎 北頂 画 『棹歌木津川八景』

文政12年(1829)7月 角

浅尾 額十郎1 … 渡シ守三十郎 嵐 璃寛2 … 木津勘助 中山 文七3 … 林三左衛門 市川 鰕十郎2 … 堀口万右衛門

五蝶亭 貞広 画 『けいせい小倉しきし』

天保8年(1837)1月 角

嵐 璃寛2 … 笹原隼人 

春江斎 北英 画 『花魁莟八総』

天保7年(1836)1月 中

嵐 璃寛2 … 金鞠大介 

片岡 市蔵1 … 定かげ

関 三十郎2 … 杉倉元氏

芦ゆきの橘三郎びいき
嵐 璃寛の名跡 浮世絵Museum