文化文政期以前
寛文の頃(1660年代)には芝居町として完成していた道頓堀に、貞享元年(1684)に竹本座、宝永三年(1706)に豊竹座の浄瑠璃二座が開かれます。『浄瑠璃譜』に「歌舞伎はなきが如し」とあるほど、歌舞伎芝居は浄瑠璃芝居の隆盛に圧倒されますが、中の芝居(中座)は角の芝居(角座)と共に歌舞伎興行を行いました。 明和の頃(1760年代後半)に浄瑠璃二座が道頓堀から退き、歌舞伎芝居ばかりとなりますが、芝居町としての繁栄は続き、顔見世の船乗り込みなど独特の風俗も行われていました。
義経千本桜(よしつねせんぼんざくら) 寿好堂 よし国画 文政8年(1831)8月 中座 しつかノ前/浅尾 額十郎1 狐忠信/沢村 国太郎2