天保の改革と中座

 天保の改革によって大坂の芝居は道頓堀の五座に限られ、寺社境内で行われた宮地芝居は禁止されました。上方浮世絵も一時中断し、その他芝居や役者に対して様々な制約が加えられました。二代目中村富十郎は奢侈禁令の咎めを受け大坂追放となり、上方歌舞伎界は打撃を受けました。
 しかし、江戸を追放となった七代目市川団十郎が大坂で出演したことや宮地芝居の禁止が、中の芝居(中座)をはじめとする道頓堀の大芝居に人が集まることとなり、人気が落ちることはありませんでした。

ふるめかしけれどやはりななばけ
昔慕やはり七化
長谷川 貞信画 文政9年(1838)1月 中座
太夫 座頭/
中村 歌右衛門4