|
菅原道真=天神様 - 天神伝説
代々学者の家系に生まれた道真は、学問に優れ、醍醐天皇の時、55歳で右大臣に抜擢される。しかし、異例の出世が藤原氏や学閥の反感を買い、藤原時平の讒言(ざんげん)により失脚、太宰府へ左遷される。劣悪な環境の中で病に倒れ、失意のうちに生涯を終える。(延喜三年(903)2月25日)
道真が太宰府で死んだ頃より、京都では天変地異が続くようになる。藤原時平の急死、疫病の蔓延、日照り、落雷、ついには醍醐天皇をも地獄に落とす。これらは、この世に怨念を残して死んだ、道真の怨霊のたたりとされる。道真は京都の北野天満宮に、その怒りを静めるために神として祀られる。
「道真=天神様=怒れる怨霊」であったが、時代が進むにつれ、「道真=天神様=学問の神」へと変化してゆく。江戸時代には、寺子屋で天神をまつるなど、庶民のあいだにも天神信仰は広まってゆく。
上方浮世絵のホームへ
|