菅原伝授手習鑑 もう一人の主役達
 梅王丸・松王丸・桜丸兄弟は三つ子として、四郎九郎(白太夫)の家に生まれました。菅丞相の「三つ子は天下泰平の相、舎人にすれば天子の守りとなる、成人さして牛飼に差上げよ。」との言葉で、三人はそれぞれ
梅王丸は菅丞相
松王丸は藤原時平
桜丸は斎世親王
舎人に引立てられます。兄弟の父親は佐太村(現在の守口市内佐太町)にある菅丞相の領地にて梅松桜の木を預かり、のんびりと過ごしていました。兄弟は菅丞相に対して並々な

らぬ恩を感じていたのです。ところが松王丸の仕える藤原時平と菅丞相が敵対することで、兄弟はそれぞれ複雑な事情を抱えることとなり、悲しい結末を迎えます。

 菅原道真の神話に、三つ子忠臣の物語をからめたことで、人間ドラマとしての深みが加わりました。桜丸は、菅丞相配流の原因をつくった責任をとるため、古希(70歳)を祝った父親の前で切腹。そして、舞台はここへ来て最大の山場を迎えることになります。

基礎データ
絵師ふりがな ひでまろ
ゆうらくさい
絵師

秀麿
有楽斎(長秀)

外題 菅原伝授手習鑑

役者名(左)

役名

(2)藤川 友花

となみ

役者名(中)

役名

(初)坂東 重太郎

源蔵

役者名(右)

役名

(3)坂東 三津五郎

松王丸

上演 文政5年(1822)
劇場 角の芝居

寺子屋の段

 筆法の秘技を受けつぐ唯一の弟子武部源蔵(となみは源蔵の妻)は、京のはずれで寺子屋を営んでいます。源蔵(図中)は丞相流罪の際助け出した丞相の実子管秀才を我が子と偽って匿っていました。ところが、藤原時平の知るところとなり、家来である松王丸(図右)にの子の首を討つように迫られます。

 万策つきた源蔵は、寺入りしてきたばかりの小太郎の首を討ち、松王丸に差し出します。管秀才の顔を知っているはずの松王丸は、なぜかその首を秀才と認め(首実検)帰って行きます。その後松王丸は再び現れ、時平の家来ではあるが丞相の恩に報いるため、自分の子が身代わりになるよう寺入りさせたことを打ち明けます。

 この絵はまさに首実検の場面、源蔵夫婦にとっては命懸けの偽首、松王丸にとっては我が子が立派に身代わりとなったことをみとどけなくてはならない緊迫した場面で、一番の見せ場です。

 血を分けた兄弟梅王丸、桜丸、さらに父親までが敵方菅丞相側の家臣です。菅丞相をおとしいれた時平側の松王丸は、兄弟をも成敗しようとする忠臣でした。しかし、菅丞相への恩は松王丸にとっても大きく、自らの子を犠牲にし、時平の元を去ることでこの悲劇を終わらせようとしたと言えるでしょう。

 親兄弟をも敵に回す裏で苦悩する松王丸の姿が初めて明らかとなり、強烈なカタルシスを与えます。

上方浮世絵のホームへ

菅原伝授手習鑑
天拝山
道明寺
寺子屋